上位生命体・木苺のえる

この世界には人間だけでなく、宇宙の向こうから来た上位生命体も居るというのは、これを読んでいるお友達の皆には常識の事だと思うが、

分からないお友達のためにもまず、私の宿敵である木苺のえるというイカレた女の話をしよう。

木苺のえる、というのは勿論仮の名前だ。人間に害を与えないイメージのつなぎ合わせで、何の意味もない。

姿形は女子小学生である。これもまた、この血と唾液とコンクリの国に於いて最も害のないイメージの象徴である。

何故そのような姿を選択するのか、といえば当然愚か者を安心させるためである。

強者は強者を恐れる。弱者も強者を恐れる。弱者は自分より弱いものを見る事でしか精神の安定を保てないのだ。クズ!

無害かつイノセントを偽るのえるは、ボウルなみなみに牛乳を注ぎリンゴを入れそのまま一ヶ月放置したような世界で愛と平和を説く。

弱者に取り入り、きゃつは勢力を増している。

無論この血と唾液とコンクリの国に住まう人間に、愛と希望なんて理解出来る人間が居るとは到底思えない。

端的に言ってイノセントを汚したいだけな低俗極まる変態根性でつきまとっているだけなのである。

「誰しも心の中にフワフワの犬を飼っています。フワフワの犬の思うがままに行動しなさい。そして心の中の狂犬をライフルで撃ち殺しなさい」

愚の骨頂!

私は木苺のえるブログ書籍化イベントに出席しながら、何かヘマしないかメモ帳を開き口をとがらせ丁度鼻の下にボールペンを置いた。

伝統的な探偵のスタイルである。

「人間誰しも悪徳に惹かれるものです、ですがそのまま道を誤ってはいけません。フワフワの犬に従いなさい」

「ただいまより、のえる先生のありがたい×100質問コーナーに移行します!」

司会進行が叫ぶと一瞬で暗転、そして赤、青、黄色のライトがイベント会場である書店を埋め尽くす。

ウオオー! と歓声が上がり、血と肉の焼け焦げる臭いで満たされた書店にレーザービームが走りスモークが立ち込める!

DJブースが本棚と本棚の隙間からせり上がりちょっとばかり気の利いた音楽が奏でられ、集まったファンは各々踊り始めた。

私が次に立てるアンチスレの題名は、【騒音】木苺のえるアンチスレPart3【近所迷惑】に決定だ!

「のえる先生、質問です!!!!」

音楽のボリュームは非常に気が利いてなかったので、質問者は声を張り上げざるを得なかった。

「はい、なんでしょう!!!!」

当然のえるもそうであった。

「のえる先生は何色のパンツを履いてるんですか!!!!」

のえるが空に手をかざし、奴が目を瞑ると一瞬の閃光、のちに質問者の首から上は消失した。

音楽に身を委ねるファンたちはそんな事を気にも止めない。

のえるは決して弱者ではない。その正体は宇宙の果てからやってきた上位の生命体であるので、人間など殺そうと思えばいくらでも殺せた。

奴は人類を選定している。この世から悪を削ぎ落とし、善を残す。

そして人類を従順な家畜にし、この地球を絵本と子守唄で構成される惑星にするつもりだ。

「次の質問がある人~~~~~!!!!」

「はいはいはいはいは~~~い!!!!」

トンチキイベントはまだまだ続く。

「水着写真集は発売しないんですか!?!?」

質問者の身体がわずかに空に浮くと、私がまばたきした次の瞬間には全身が輪切りになってしまった。

するとどこからともなくハイエナが現れ、死体を貪る。

「ストライクゾーンに50代は含まれますか!?!?」

質問者は身体に強い重力をかけられ書店の床にめり込んだ。次なる獲物へと向かったハイエナも巻き込まれて、めり込んでしまう。

「                     」

「……あ?」

私は今、何が起きたのか知覚する事が出来なかった……

いや、質問者そのものがこの宇宙から消去されてしまったんだろう。全ての記憶、記録、生きた軌跡までもが消滅した。

さらに・さらに・さらに質問コーナーは続く……

次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次! 次!

イベント参加者の数が一人、二人、三人、消えていった。

賑やかだった会場も今では葬儀場となり喪主と坊主が集まりだしている。DJと木魚の奇跡のコラボレーションが今まさに行われている!

「次の質問がある人~~~~~!!!!」

私は無言で坊主と坊主の間から手を挙げる。

「あれは……!?」

人差し指の関節を外側に、外側に、外側に曲げ続ける。もう限界だ、という地点を超え、さらに曲げる。するとどうなるだろうか?

とても痛くなるんだよ。気をつけてね。

「あのような意味のない行動をするのは海里、あなたに違いない!」

私は長い長い葬列を、のえるめがけて駆けだした。

「どけ、葬式なんか後にしろ! 今から私と奴との一世一代の勝負だっていうのに!」

追悼文が右耳から入って左耳から抜けていく。

多種多様人々は泣いていたり、笑っていたり、怒っていたりしていた。状況をあまり理解していない半笑いの奴も居た。

「邪魔だ邪魔だ!」

前方の死体の財布を盗み取るため屈む輩を踏み台に私は飛び上がり、本棚の上へと着地する。

SF小説の本棚、不公平小説の本棚、非道小説の本棚、暴力小説の本棚、本棚本棚本棚。本棚を飛び移り少しづつ距離を詰める。

目的は、奴が立つ場所へ! 私は高く飛ぶ! 己の勝利を掴むために!

「DJ、邪魔~~~~~~!!」

「うわああっ!」

 

■STOP

 

と、ここで一旦止めて私とのえるの因縁について説明しよう。

私達はいかなる平行世界においても互いに憎み合い、殺し合い、奪い合った関係だ。

それは私が類稀なるクズである事が理由であろう。私が私である限り、どの平行世界の私も平等にクズなのである。

さらにこの世界は腐りきっている。であれば宇宙の果てから上級生命体がやってくる。

私達は何千・何万・何億の分岐した宇宙で殺し合いを続けている。そして時に共に汗を流し、分かち合い、札束で互いの頬を叩きあった。

私とのえるがぶつかり合う未来は絶対に変えることが出来ない。私が私であり、奴が奴であるのならば絶対にだ。

互いに終わる事のない戦いに明け暮れ、時間を浪費し続けている。

しかしそれをやめるなんて出来るわけがない。互いの信念の下、この行為に何の意味がなくても貫かなくてはならないのだ!

 

▶PLAY

 

DJを蹴落とし、私はブースの上に立つ。

「のえる……ここで決着をつけるぞ!」

「まだ握手会の予定が残っているんですがね」

「もうお前と握手を望む人間なんていないぜ、皆死んでるんだからな」

勝負が始まる前の冷えた空気に私は震えた。だがそれが、ごく僅かに喜ばしい事に思えていたのは真に確かな事である……

「あなたは人類の諸悪そのもの!」

白と黒の幕が降りる。狂人によって死体に火が放たれ、本棚へと火が移り書店は燃え盛る炎のステージへと変わった!

今こそ、決戦の時!

 

 

FIGHT!!!

 

「私はこの……スーパーのポイントカードで戦う!」

「なるほど……では私は、アイスクリームのフタです!」

ぎゅいーん!! がりがりがり!! どどどどっどどどどどどどど……

「くっ! やはり只者ではないな、のえる!」

でででで、でででででで、ニャー、にゃにゃにゃにゃー!

「この私に本気を出させるとは……まあ、人間にしてはやりますね」

フサフサフサフサフサフサ、バチバチバチバチ、びりびりびり

「なっ、卑怯だぞ!」

「戦いにルールなんてない……それはあなたもよく知っている事では?」

ピチャピチャ、じゃぶじゃぶじゃぶ、ザバーンザバーン……バシャバシャバシャ

「うわああーっ! つ、強い」

「あなたでは私には勝てませんよ、海里! 血と唾液とコンクリはナンセンス、これからは苺と綿飴とユニコーンの時代です!」

どすこい! はっけよい! どすこい! どすこい! 一本! 一本一本一本!

「ああっ!」

私の身体は大きく吹き飛ばされ、決戦の舞台の端にまで追いやられた。私の後ろは既に火の海になっていて、

ここから落ちようものならばさすがの私でも全治一週間カクジツだ……

「はあ、はあ……こうなったら、あの技を使うしかない」

「ほう……面白い、よもや完成させていたとは!」

 

「ええ~~っ! 何の変哲もない平凡な男子高校生の俺にドS妹が100人も~~!?」

 

「お前がこの私の兄だと? 笑わせる! まずは靴を舐めて証明してもらおうか!」

 

「お兄ちゃんみたいな低俗な人間に恋人が出来るわけないでしょ? だから、リオが恋人になってあげるね! 早くお散歩(デート)に行こっ!」

 

「大丈夫ですよ、あなたは何もしなくていいんです。何故なら誰もあなたに期待していないし、存在しても、しなくてもいいんですからね」

 

「えっ……他の女の子と会話したの……!? 兄さんみたいなクズが私以外の女の子と会話するなんて、社会に生きてて申し訳ないって思わないの……!? 犯罪だよ……!?」

 

「はいっ、今日のお弁当です! 兄様のために寝る間を惜しんで作ったの……今から床にブチ撒けるから、残さず食えよ豚みたいにな」

 

ちょっぴりドSな妹とのドキドキ同居生活!

 

只今キャラクター総選挙開催中!

 

「日がな一日快楽を貪るしか脳のないマゾ豚が、他者に優劣をつけるというのか? どこまでも恥知らずなんだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この剣で!」

何者をも切り裂くことの出来る伝説の剣、デュランダル……ついに私はこの剣を召喚する事に成功したのだ!

「お前を殺す!」

奴を貫くために私は最後の力を振り絞って走り出した! 体中が煮える程熱く、前進するごとに血が喉から這い上がってくる。内部から私の身体は破壊された。

「往生際の悪い……あなたに私を殺める力などはない!」

「それはお前も同じだろう!」

のえるは、向かってくるでもなく私を待ち構えた。数多の戦いで私はのえるに打ち勝った事は一度もない。

今までの戦いが脳裏を過る。多摩川花火大会の乱、二次会カラオケの乱、コピー機紙詰まりの乱など、どれもこれも苦い記憶だ。

それでも私の傲慢な魂が戦いを求める! 決まりきった敗北よりも、存在しない未来に震えている!この瞬間の全てに輝きを感じているのだ!

既に使い物にならない足でただ愚直に走っていく、この世に愛と希望を実現させてはならない!

そんなものはどこまでいってもまやかしで、とんでもない嘘なのだから!

「のえる!」

刃(アイスクリームのフタ)を交わす事はもはや私には出来ない。相打ち覚悟で、懐へ飛び込む。ハナから私に作戦という作戦はないのだ。

圧倒的戦力差、圧倒的ビジュアル差、圧倒的金銭差、圧倒的俳句力差……私達にはあまりにも差がありすぎた。

「あなたの行動パターンは見切っている!」

全身に叩きつけられるような強い衝撃、のち、割かれた傷の一つ一つが見なくてもどこにあるか分かるほど、強い痛みを感じた。

のえるは腕一つ動かさずに、いいや、私は目視出来なかった。奴の剣技に、追いつくことが出来ない……

デュランダルは私の手から離れ空を舞った。私は身体の主導権を失い、床に崩れる。

「これは久しぶりに効いたな」

奴の剣技は私の衣服の下、皮膚を切り裂いた。シャツ越しに血がにじみ、赤い水玉模様に……

それはそうとこういうのマジ洗うの面倒だからやめてほしい。

「海里、あなたは自分自身に呪われている」

のえるが床に倒れ込み、もう動く事の出来ない私の肩を掴みステージ端へと引きずって行く。

ステージ外では未だ衰える事のない炎が音を立て、書店の姿はもう見る影もなく、ただどこまでも灰と化す。

「炙られて、少しは反省したらどうですか」

「炙られる事と反省する事はイコールではない」

「しゃらくせえ!」

私は炎の中へと投げ捨てられた。火が身体を包み込み形容不可の痛みが走る!

「やっべ、これやっべ~~~~!」

語彙も低下する!

視界には、火、火、火、火! あと女子小学生!

先程まで執り行われていた葬式は今まさに終了した。坊主も、盗人も、DJも、巻き込まれ焼かれてしまった。

この惨劇を招いたのは誰か? だがそんな事ももはやどうだっていい。誰も証言は出来ないだろう。何故なら皆死んでしまったからだ。

私はこの事に興味がないし、もし証言する者が居たとして、のえるはそいつを殺すだろう。

「炎に落としても、まだ意識があるのか……!?」

上級生命体には地球の摂理などその気になればいかようにも出来る。

全てのルールが奴の前ではひっくり返り、その気になれば、この世から人間を抹殺して地球を更地にする事だって可能だ。

だが、それをしない。虐殺を可能とする力を持っているというのに行使しないという事は、私から見てとてもおぞましい。

のえるが望む世界に私は生きていられない。それだけでなく、この世界の人間のほとんどが生きていられないだろう。

多数のクズを切り捨て雀の涙ほどの善を選んでも、最初のうちは良いかもしれない。

しかし数が増えたらどう管理する? 悪が生まれつき悪でないように、善も生まれつき善ではない。

「その上かなり長めのモノローグを……?」

気が狂う程の時間を真の平和のためにつぎ込む事になるだろう。そして、今と同じ量の血が流れる。

私はこの世界の大半の人間がどうなろうがどうだっていい。のえるが作り出す世界の事だって別にどうだっていい。

私はただ、自分が脅かされるのだけは我慢出来ないのだ! 殴られたらば殴り返さなければ、生きる意味なんて全て無為になるだろう!

種の存続には興味がない。国の存続には興味がない。私は「人間」という概念には縛られないし、

この地球にいくつもの国はあるが、残虐性において、世界は一つ。

この惑星は一つの血と唾液とコンクリの国である。

私は九十九海里だ。そしてこれを読んでいるお前も、同じ様に九十九海里だ。

「のえる、次は必ず勝つ」

「……本当に気が狂っているのでは?」

私の意識はそこで途切れた。

 

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